モノクローム Ⅰ




ある女の子のお話。

1人っ子で家族は全員仕事の毎日。保育園,幼稚園の送り迎えはバスで停留所で誰かが待っている訳もなくひとりでとぼとぼ歩きながら家に着く。誰もいないことは分かっているけど,居るかもしれない。「ただいま!」でも返事はない。誰もいないから。でもそれがその子にとっては普通だった。お腹がすいた。でも今お菓子を食べるよりみんなでご飯が食べたい。3時のおやつなんて無かった。我慢しよう。今日の夜ご飯は何かなあ?そう思ってとりあえず炊飯器の蓋を開ける。でもご飯が無い。みんなの分足りない。みんな夜ご飯食べれない。それじゃわたしが用意しておこう。炊きたての美味しいご飯をみんなが食べれる。そう思ってお米をといで目盛りまで水をいれて1番大きいスイッチを押す。これでみんなが帰ってくるまで待っていよう。これが毎日の習慣だった。そしてその子はピアノとバレーボールと英会話を習っていた。今度ピアノの発表会があるからちゃんと練習しなきゃ。ちゃんと弾けたらみんな褒めてくれる。その日その子は何時間もピアノの練習をした。夕方になって家族を待つけど帰ってこない。夜の7時になっても帰ってこない。電話が鳴る。お母さんからだ。「今日はママもパパも遅くなるから先にご飯たべて」そう言われて一人ぼっちでご飯を食べる。おかずが食べたいけど自分は作れないからご飯にふりかけをかけて食べる。みんな炊きたての美味しいご飯の方が喜んでくれる。そう思って炊飯器に残っていた冷たいご飯を食べた。さみしい。そう思ったけど仕方ない。さみしいから一緒にご飯食べたい,その一言が言えなかった。だってみんな忙しいから。ママやパパにそんなこと言ってもまた明日ね,とか今度の日曜日ねとかそう言われるから。迷惑掛けちゃいけない。みんな忙しいから我慢しよう。そうだ,明日は英語の日だ。宿題しなきゃ。ひとりで宿題をする。テレビが見たい。でも宿題が終わらないから見ちゃいけない。だって宿題を忘れてもし先生がママに電話したら怒られちゃうから。怒られるのも怖かったし何よりママやパパに迷惑をかけたくなかった。
幼稚園に入る時その子ひとりだけ違う保育園から入った。だから誰ひとり知らない子ばっかりだった。友達はできなかった。その子が住んでいるところはみんなが住んでいるところよりずっと遠い所にあった。他の子はみんな近い地区に住んでいたからみんな幼馴染みだった。帰るときその子はひとりぼっちでバスに乗る。みんなは楽しそうに集団下校をする。いいな楽しそうだな,きっと楽しいんだろうな。羨ましいけど歩いて家までは帰れない。毎日バスの窓越しからみんなの楽しそうな姿をみて声を聞いてから一人バスに揺られて家まで帰る。その子は「友達」というものが分からなかった。お友達ってなんだろう。一緒にお喋りしたりおままごとしたり帰ってから一緒に遊んだりするの?でもその子は友達が居なくても平気だった。だってずっと独りだったから。独りでいることが普通だったから,他の子と遊ぶことが怖かった。だからずっと絵を描いたり塗り絵をしたりした。ママの顔,パパの顔,その時好きだったキャラクター。沢山沢山描いた。そして毎日持って帰った。ママやパパに見て欲しくてそれを見て褒めて欲しかった。「上手に描けたね」その一言が聞きたかった。でもその子が描いた絵をみて両親が褒めることは一度も無かった。ピアノもそうだった。発表会で楽譜通りミスなく弾けても両親は褒めてくれなかった。先生は「頑張ったね」って言ってくれた。でもママやパパはわたしのことを褒めてくれない。なんで褒めてくれないんだろう。そうだ,わたしがもっと上手に絵を書いたりおうちのお手伝いをしたりピアノが上手に弾けたり英語が上手になったら褒めてくれる。そう思っていた。だから沢山練習してお手伝いも沢山した。宿題も毎回忘れなかった。人一倍がんばった。普通ではこの年齢では絶対に合格できないと言われていた英語のテストに合格した。でもそれは先生じゃなくてママやパパに褒めてもらいたかったから。褒めてほしい。ただそれだけだった。
そしてその子はみんなと一緒に食べる給食の時間が嫌いだった。だってみんな楽しそうにお喋りしながら食べてるのにわたしには話しかけてこない。だから先生と喋って給食を食べた。そしてずっと独りぼっちのまま卒園した。その頃には友達ってなんだろう?からわたしには友達なんていなくてもいいんだ。っていうものになっていた。だって独りでいても誰にも怒られないし,みんなはゲームやテレビの話をしていたけど,わたしは知らないし見たこともないからお喋りに入ることが出来なかったから。小学校に入学してもここにいるみんなが同じクラスになるだけだから何かが変わることなんてないんだろう,今までと同じようにわたしは独りでいよう。そう思って卒園した。でも卒園式に両親が来ることはなかった。その子は両親が来なくても何とも思わなかった。だってママやパパは忙しいから。わたしの卒園式ごときで仕事を休んでもらうことが迷惑になる,そう思ったから。卒園式で親が来なかったのはその子だけだった。でもその子は何とも思わなかった。独りでいることが普通だったから。そしてその子は小学校に入学した。





千依 林檎

行方不明の微少女。命短し恋せよ乙女。

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