モノクローム ⅲ
高校生活が始まった。真新しいブレザーに袖を通し短いスカートを翻して自転車を漕いだ。
その子は元々人見知りだったから自分からはあまり話しかけなかった。でも友達が出来た。中学生の時バレーボールの練習試合で知り合った子が偶然同じクラスになったのだ。その子は天然でちょっと可笑しかった。でもバレーボールのセンスは一流。2人はバレーボール部に入部した。今までにないぐらいの完璧なチームに仕上がった。友達がリベロで拾ってその子がスパイクを決める。楽しかった。
ある日クラスの男子から声を掛けられた。「メアド交換してよ」その子はなんとなしに交換して気にはしてなかった。でも朝から夜まで1日20通程のメールが来た。面倒くさくなって返信しないでおくと,「なんで返信しないの?待ってるんだけど」って送られてきた。その子はその言葉が怖くて返信し続けた。ある日携帯を忘れてしまった。その子は別に携帯に依存してる訳じゃなかったから気にはしてなかった。部活が終わって夕日が綺麗だった。帰ろうと思ったその時,「〇〇ちゃん待ってたよ。なんで返信してくれなかったの?お詫びに一緒に帰ってよ」一気に顔が引きつった。ずっと校門で待っていたらしい。逃げたかった。でも怖かった。途中まで一緒に帰って適当に理由をつけて離れてもらった。それからその人のストーカーが始まった。毎日後ろを歩いてくる。自転車で帰ろうがバスを使おうがずっとついて回ってくる。怖い。恐怖でしかなかった。それからその子は不登校気味になった。男性恐怖症。それを気づいた先生が何とかして復帰させてくれた。でも男子には絶対的に距離を置くようになった。
そして進級して2年生になる。友達とは隣のクラスになった。その子はひとりぼっちになった。クラス40人中女子が6人。男性恐怖症が再発した。でもその怖さをぐっと堪えて毎日学校に通った。親に心配をかけたくなかったから。初夏。風が気持ちよかった。でもまた神様は意地悪だった。他の女の子から虐めを受けた。理由はその子の好きな男子とメアドを交換した,ただそれだけ。被害妄想だったのか分からないけれど,毎日「死ね」「消えろ」「最低」「お前なんて要らない」悪口が頭の上から降ってくる毎日。ある日目の前で「お前が下心を持って交換したんだろ。〇〇君は関係ない。全部お前が悪いんだから。どうしてくれんの?死にたいなら死ねよ。早く消えろ。」心が折れた。何故自分がここまで言われないといけないのか。交換しようって言ってきたのはあっちなのに。その頃には全クラスの女子に知れ渡っていた。女子全員からの視線。悪口。でもその子は何も抵抗しなかった。否定もしなかった。だってそれに反抗しても意味が無いと思ったから。またそれに腹が立ったんだろう。殴る蹴る,頭から水を被った時もあった。その女の子がマネージャーをしてる高学年に呼び出しをされて犯される寸前。その頃には拒食症,対人恐怖症,多重人格,リストカット,オーバードーズを繰り返していた。お昼ご飯はサラダだけ。リスカの跡を見せないためにずっと長袖を着た。でもその子はどれだけフラフラになっても記憶が飛んでも学校に行き続けた。前期テストだけは受けなきゃいけない。良い娘でいなきゃいけない。ただそれだけだった。
人間は「死ね」と言われ続けると自分のせいではなくても「死にたい,死ななきゃいけない」悲しい哉そう思ってしまうものだ。
前期テストが終わり,クラスで3位になった。それを見た時,張り詰めていた糸がプツンと音をして切れた。そしてその子はその日自殺を謀った。でも未遂に終わった。救急車で運ばれ腕や首を縫われ,胃の中の洗浄,点滴。その子は3日間生死をさまよった。そして意識が戻った。「何故死なせてくれなかったのか。何故私は生かされているのか。何故。」泣きたかった。でも涙が出てこない。そして音が聞こえない。声も出ない。両腕は何針も縫われて,点滴のチューブが沢山繋がっていた。「神様はこれでも私に生きろと言うのか。死んでやる。」そう思って暴れた。点滴のチューブを引き抜いて,ナースコールの紐で自分の首を締めた。そして記憶がなくなって…気づいた時には閉鎖保護観察室にいた。何も無い,本当に箱の中でひとりポツンとベットに座っていた。「生きている意味。生かされた意味。」それだけをずっと考えていた。「なんで医者は私を助けたんだ」そう医者と看護師を恨んだ。
その頃には高校に戻れない状態だったから自分から「中退します」そう言って学校を辞めた。担任は何度も引き止めてくれた。一年留年してまた始めればいいじゃないか。でもその子は「辞める」その一言しか書かなかった。留年=自分を虐めた子に負ける,それを認めることになる。そう思ったんだろう。「この子に殺されるぐらいなら自分からこの学校から消えます。そして絶対この子より幸せな人生を送ります。」そう言って高校を辞めた。
その子は退院した。でも普通の生活は送れるはずもなかった。寝れない,食べれない,外に出れない,喋れない,何も聴こえない。「この子より絶対幸せな人生を送ります」そう言ったけれど,そんな生活とはかけ離れていた。その頃,何かずっと違和感を感じていたものが明確になる。目の前にポストがあった。赤い。赤いポスト。ポストが赤いのは分かる。分かっている。でもその子の目にはモノクロにしか感じなかった。黒いポスト。そして目に見える全ての風景全てがモノクロだった。いちょう並木,もみじの紅葉,青い空,自分の顔。すべてモノクロだった。どれだけキラキラした綺麗なイルミネーションを見てもモノクロだった。写真を撮ってフィルターでモノクロにしたそんな世界。そんな世界に取り残された。だからどれだけ綺麗で可愛くて美しくても,何も感じない。何の感情も湧かない。そして嬉しい,悲しい,痛い,楽しい,苦しい…全ての感情が無くなって笑うことも泣くこともしないただのマネキンのような人間になった。
この日からその子はモノクロで無感情の世界で生きていくことになった。そして解離性同一性障害の中の一つ多重人格の日々を送ることになる。
0コメント